子どもって、何かしてあげないといけない存在なのか?

最近、信頼している方と話ししていると
よくこの話題になります。

子どもって、大人が何かしてあげないといけない存在なのか?

この問いだけやと
きっと誤解だらけで終わるでしょう。。。

子どもだけではどうにもならんコト

もあります。

基本的生活習慣は確実に
大人がつくってあげないといけないもんやしね。

寝る時間、起きる時間、朝ごはんは食べるのかとかほら。
毎食の内容もそう。

子どもだけではどうにもならんのです。

子どもだけでどうにでもなるコト

はいっぱいある。
でもついお節介な大人が。。。

最近の子どもたちは遊び方を知らない。だから大人が教えてあげないと!

ほんまかいな。

それって、
前者の基本的生活習慣と同じく本当に本当に、大人が子どもにしてあげないといけないことなんですかね?

何が言いたいかというと

子どもは遊んでるのに、大人がそれに気づく事ができないだけやん?

実は、いっぱい遊びますよ。
この時代の子どもたちだって。

道具なんて無くったって、遊べますよ。
この時代の子どもたちだって。

でもね、

子どもが遊びはじめるまで待てずにすぐ何かを与える…

子どもは遊んでいるのに、遊びと見なしていない…

課題があるとするならば
子どもがどうこうではなく
大人側でしょー。


すぐ始まりましたよ、走るってゆー遊び。
すぐ変わりましたよ、くっつくってゆー遊びに。

遊びを知らない子どもたち

じゃなくって

遊びを見つけられない大人たち

かな。

遊びって大概、
子どもだけでどーにでもなりますから。

大人のため?

子どもが何かを必要としている訳では無く
大人が何かを与えないと不安なだけ。

今の子どもは遊び方を知らない

と決めつけた方が、大人が安心できるのでは?

なぜなら、「子どもに教えてあげる」という大人の存在意義が生まれたように感じるからね〜。

大人の存在意義て
そんなもんやないと個人的には思いますがね〜。

子どもという存在をどう捉えるのか


そもそも子どもって
大人が何かしてあげないといけない存在なんですかね?

良ければ関連のバックナンバーブログも読んでください。
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